2019年12月16日

土曜日と16日

20190911_223522.jpg20191101_220602.jpgIMG_20190610_204219_504.jpg20170707-13.jpghttps://www.amazon.co.jp/photos/share/N42KQ1qS9SOdBVjQHG8iOhqKRtHMUoG1SdljTOgO2op


私にとって、これからずっと忘れない曜日と日にち。

今日は、海子の月命日。

土曜日が来る度に、16日が来る度に、もう戻らない海子を想う。


海子がいなくなって1ヶ月が経つ。

ペットロスになるとか、生活に影響するような、耐えがたい悲しみを引きずる事は無いけれど、喪失感は大きいままだ…(涙)

夜や何もしてないふとした時、とても寂しい。悲しい。


海子の最後の日々は、ご飯や水を少ししか食べれなくなりだして3日目にはなにも食べようとしなくなっていた。

薬を混ぜた液状のご飯をひと舐め分、無理やり口に入れて食べさせなければ、自分ではなにも食べなくなっていた。

そのまま、お水も飲んでなかった翌日の手術のあと、海子は逝ってしまった。

まだ少し食べれた頃、食べたいと言う気持ちはあって、森田にご飯あげようとパウチを開けたりしていると、体調悪いのに立ち上がって、台所の方に来たり、その様子を離れた場所から見てたことが、脳裏に焼き付いて忘れられない(涙)

いつもなら、ご飯の時間になると、いの一番にやって来て、森田の分も取りあげてたのに…(苦笑)


「海子も食べれるかな?食べたいよね」と、すぐにお皿に盛って、運んであげたけど、やっぱり食べれなかった。


今思えば、腸が腫瘍で完全に塞がってしまうまでは、食べたい気持ちや、お腹が空いてるから、少しずつでも一生懸命食べてたんだよね。

食べても、そのあとすぐに全部吐いてしまっていたけど(涙)。

日中、私の居ないときにも、お腹が空いてたんだろうね…胃液と、全く消化されてないままのカリカリがあちらこちらに吐いてあった(涙)
あんなに食欲旺盛だったのに…(涙)

病院で手術してもしなくても、だんだん食べれなくなって、最後は痛みや苦しみと、食べれないことで弱り、餓死していたのだと思うと、本当にやるせない…

変わってあげれるなら変わってあげたかった。

私は、いつ死んでも悔いのない毎日を過ごしてきたし、もう思い残すこともそんなにはないから、受け入れることはそんなには難しくないと思っているから。

海子は急に体調が悪くなり、食べれてた頃から数えても、10日くらいで死んでしまった。

その日にち、辛かった日々を耐えてた時間が長かったのか短かったのか…わからないけど、私ならきっと、根性だけはあるから辛くても耐えれたと思うし、前向きに諦めることも、出来たような気もするから。
……いつもそれを思う。

生きること、食べること、嬉しいこと、気持ちいいこと、海子にはそれが全てだったんだよなぁ。

シンプルな生き方。
動物ってすごい。
人間は、私は、なんていろいろ欲深いんだろう。



海子が死んでから、私のもともとモチベーション低めな食事は、さらに生きるために食べる食べ物になっている。

美味しいもの、贅沢なもの、そういうものが、何となく食べにくくなってしまった。

もともと、食べたいものは身体に必要なもの、と言うスタンスだったので、変わらないと言えばそのままなんだけど。

ちゃんと食事もしてるし、好きなものも選んで食べてるけど、何となくいつも、海子に悪いな、と思ってしまう。


食べたくても食べられなかった海子のためにも、贅沢、飽食、食べ物を粗末にする…これからは更に出来ないな、と思う。
posted by ユカジラ at 17:17| 日記