2022年01月24日

登攀歴40年へ向けて…

2022.1.24
(1.22に56歳を迎えて)

1月22日に56歳を迎え、クライミングが総てと生きてきた時間が39年になりました。
今日がいちばんクライミングが好きで、今日がより総てをクライミングに向けている(笑)と言う変態ぶりは増すばかりです。
そして、死期が近い訳ではないのですが🤣次の1年で40年となるクライミング人生をどう登るか、改めて考えようと思いました。
思い起こしなから最初に思ったことは、若い頃抱いていたクライマーとしての理想や夢に、56歳の今がいちばん近いところにいるということには驚きました🤣
クライミングを始めた頃からの目標だった「どんな壁も自分の力で登れるクライマーになる」「どの分野でもその世界を語れるくらいまで登る」「本物」になる。
こんな若き日の想いにいちばん近いのが「今」と、自分の中でですが、やっと思えるようになれました。
「好き」であること、「信じる」こと、「諦めない」こと。
これを軸に熱量を持ち続けられたこと、その熱量が今なお、ひたすらに上がってることにも「バカみたいだけど、凄いな」とも思えるようになりました。
ここまでのクライマーとしての人生に悔いは無い!と言いきれる事が私の誇りです。
加えて、今の自分を越える自分は、きっと来年、そして再来年と続いて行くと信じてい
ます。
若き日、命を懸けて登ってきたヒマラヤ8000mの峰々は、チョーオユのバリエーションルートからの無酸素アルパインスタイルでの登頂が自身の中での完成形でした。
登攀スタイルの追求と、掛け値無しに登り、生き抜く意味を知りました。
その過程では、国内の主たるバリエーションルートは数えきれないくらい登り、剥き出しの自然から、本能を駆使し起こりうる危険を感じ取る術を身に付けてきました。
ヨセミテでは、100本を越えるクラックを登り、ビッグウオールの分野でもA5やA3をソロで登ることで、ロープワークやシステムの多くを身に付けました。
サルディニア、スープラモンテでは、4ピッチの13台という難易度、最高難度13Dを有する10ピッチ、連続する高難度をひとつのラインとして登る難しさを体感。チームとしての完登は素晴らしい経験となり、国内での屋久島「水の山・12C」再生へと繋げ、マルチピッチでの理想のひとつでもあった全ピッチをオールフリーで登りきることが出来ました。
競技の分野では、公式戦での優勝に目標を置くことで、フィジカル、メンタルの両面から鍛え上げること、ピーキングの難しさや逃げ場の無い状況でベストを尽くす術、クライミングのベースとしての技術力、耐久力の不可欠さを学びました。
フリークライミングの難易度としての14A(8B+)を登ることでは、そこまでの道のりに多くの高難度を経験し登りきり、安定した力の底上げや、“完登”が持つ意味の深さを学びました。
スペインでの8Cの挑戦のさなか、新型コロナによりそのトライは中断していますが、そのおかげで、目標の最後に残ってしまったボルダリング能力のレベルアップに時間を費やせたのも、運命が引き寄せてくれたタイミングだったと感じています。
このコロナ禍の2年で、いちばん足りていなかったボルダリングの経験値も少しずつ積み上げることができ、初段も50本を越え、少しずつ二段への歩みを進めてきた結果、10本の課題が登れたこともあり、そろそろ三段に挑戦する権利はあるのではないか?と思えるようにもなりました。
これからの1年を、最後の達成できていない目標でもある、ボルダリング能力の向上と、三段へのステップアップ。中断しているスペインのルート完登へ向けて、夢の完成へ向かっていきたいと思っています。
一定以上のレベル到達することでしか見えない世界。
そこへ達する道程は容易いことではなかったけれど、40年(39年)という歳月、一手一手に込めた総てが、今の私なのです。
国内外問わず、本当にたくさん登ってきました。
そしてこれからも。
やっとクライミングを語って良いと思えるくらいにはなれたと思います。
まあ、そんな必要もないし(笑)語る暇があったら、まだまだクライマーとして成熟して行きたいです。
一歩近づけば、一歩先へ言ってしまう理想を求めて、死ぬまで登り続けて行きたいと思っています。

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posted by ユカジラ at 13:06| 日記