2019年11月23日

初七日


海子が逝ってしまってから1週間がたった。

時間の概念が良くわからない様な日々だったけど、なんとか毎日をこなしています。

仕事をしていたり、人が居る場所に居る時はいつも通りでいられるけど、独りでいる時間はまだ…


森田も寂しんだと思う。
今までよりもずっと私に甘えてくる(笑)

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膝から離れない(笑)

海子の写真に近寄って、でも海子はいなくて、私の顔を見たり…
森田は海子の事が大好きで、母親のように思っていたからな。

今まで通り、急いで家路に着く日は、これからも続く(笑)

森田も、来年の晴には16歳。
海子が居ない分、私が今まで以上に可愛がってあげないと。




初七日の今日は、海子を火葬してもらった場所へ行ってきた。

雨で寂しさ倍増だったけど、ここでも海子にいっぱい話しかけてきた。

きっと、こういう日をいっぱい重ねて…
重ねて行くことで回復する日を、ゆっくり待とうと思います。

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いつもランニングしていた場所。
静かで、自然林豊かなここは、海子も嫌いじゃないと思う。






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海子、私の中で永遠に。





posted by ユカジラ at 21:27| 日記

2019年11月20日

心より感謝を込めて


たくさんの方から、励ましのお言葉や温かい想いをいただきました。
とても感謝しています。
心配させてしまいましたし、気を使わせてしまったり…

この場をお借りして、心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。




海子の葬儀は17日深夜に終わりました。

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(生徒さんたちから頂いたお花に囲まれる海子)



病院から海子を連れて帰ってからは、一睡もできず、食事もちゃんと取れないまま過ごしていましたし、その時間の殆ど泣いていました。
家から出る気力もなかったけど、その時間のおかげで海子ときちんとお別れが出来たと思っています。


長い付き合いのガメラともんちゃんが、心配して海子を火葬する前に自宅に来て、一緒に見送ってくれました。
ガメラは家で寝てたけど(笑)

人に迷惑をかけることや、頼る事、甘えることがなかなか出来ない私にとって、格好つけたりする必要のない友人の存在が、これほどまでにありがたいと思ったことはなかったです(笑)

いろんな話をしている間に、独りで抱えていた気持ちを話せたことでとても救われたし、海子の思い出話に笑う事も出来るようになりました。



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レースのお布団と枕に頭を乗せて寝る海子。

もんちゃんが写真を撮ってくれてる時も、
「ねえねえ、可愛くない?海子!」と言う私に、
「最後まで親ばかだねぇ」と、もんちゃん。

笑いながら送る事が出来ました。


何かに集中していないと、まだ想いが溢れてきてしまうし、一人で自宅に居るときや夜が相当ヤバい(笑)けど、
私は、もう大丈夫です。

本当にご心配をおかけしました。
ありがとうございました。

暫く毎日仕事も忙しく、忙しいことがありがたいです。



たくさんある後悔の中で、海外ツアーで留守が長く、その度、猫達を実家に預けていたことはとても大きかった。

自分の夢や目標のために、猫たちに寂しい思いをさせて来た。
なのに、自分はその目標すら達成できないでいる…

海子がこんなことになるとは思ってもいなかった、少し前から、
「この子たちにももう高齢、いつまでも自由に出かけられるわけじゃない…」
いつも本気で挑んで来たけど、もっともっと、今までの何百倍も気合入れて登らなきゃ!と思ってた。

間に合わなかった。

けど今は、今まで掛けてた苦労や、頑張ってくれていたことに意味を持たせなきゃ、本当に意味がない!!と思っています。


海子を失った悲しみも、登りに集中している間は少しだけ楽になる。

今の私には、もう登るしか前に進む糧が無くなってしまった(笑)

海子にとってはどうでもいい事かもだけど、絶対に登ろうと思った。

どこまで行っても、こんな私(苦笑)

そんな私の事、海子はどう思っていたんだろう…






海子、こんな私の所に来てくれて本当にありがとう。


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海子大好き!
これからも、永遠に!



posted by ユカジラ at 00:09| 日記

2019年11月17日

海子永眠

2019年11月16日、21:30くらい…海子永眠。

海子17歳と4か月。

あまりにも急なお別れでした。




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スペイン帰国後、いつも通りすぐに実家に迎えに行って、10月31日から自宅に戻った。

6日、7日くらいから、なんだか様子が変で、10日頃からみるみる体調が悪くなった。
病院に連れて行った頃からは、ほとんど1ヵ所から動かなくなった。
ベッドの下や、部屋の隅…熱があったのか、冷たくて暗い場所ばかりに居たがった。

たぶん、自分で最後の場所を探していたんだと思う。
海子が選んだ場所は、何故かお風呂場だった…(自宅での12日の写真)


海子の病気はリンパ腫と言う癌。

不調が出た時から、検査結果が出るまでの4日で一気に悪くなってしまった。

手術をして、腸に出来たリンパ腫を取ってから、抗がん剤の治療に入るか、抗がん剤一本で行くか、何もしないか…

選択は3つしかなかった。

どの治療にも確約は全くなくて、あくまでも延命のための治療であって、どれをとっても急激に悪化する可能性は示唆されていた。
私には何を選んだらいいか本当につらい選択だった。

腸に出来た癌は、たったの数日で直径5センチにも肥大し、腸を塞ぎ、そのせいで何も食べられなくなっていたという事だった。


食べたい欲求はあるみたいだったし、最初の頃はほんの少しでも液状のご飯を食べてくれていたけど、殆ど栄養が取れてないので、身体を触ると骨が目立つようになっていて、早く決断をしなければ、どの治療も難しくなりそうだった。

先ず食べれるように、体力の残っているうちに、と手術を選択した。

手術の日には、ひと舐めの食事も受け付けなくなっていた。

それでも、立ち上がってこちらを見たり、まだ体力的には、海子らしい強さを感じる事が出来ていた。

病院で体重を計っても減っていなかったことや、一刻を争う状況で、手術を決めた15日の金曜の夜、一時帰宅した後、16日の昼前に入院、手術となった。

夕方、仕事が終わってから面会に行った時、先生から病気の進行が想像以上に酷かったこと、腹膜炎と、腸全体の炎症が激しく脆くなっていて、出血が酷く、腫瘍を取る事しかできなかった事、腹水の他に胸水も溜まりだしていたこと…いろいろな説明を受けたけど、きっと翌日には少し回復してると信じてた。

だって、数日前までそんなに悪いと思うような感じではなかった…

とても速いスピードで悪くなる…リンパ腫はそういう癌だった。



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16日、19時半。
病院で面会。

熱っぽく、頭を撫でてあげてもゴロゴロいう力もない感じだったけど、私の手の上に頭を預けて来た。
ゼンゼン動けずぐったりしていたらしいけど、私を見て立ち上がろうとした。
私は、体力を使わせたくなかったので、それを制して、頑張るんだよ、って声をかけて帰宅した。

帰りたかったんだと、今は思う。


翌日はアウトドアでの講習だったけど、朝、病院は開いて無いけど、病院の前でお祈りして出かけ、陽が短い時期で、病院が閉まるギリギリに間に合いそうだと思ったので、帰りにも寄って、きっと今日より元気になった海子を見て、撫でて、少しずつ少し元気になっていって、余命は短くとも、もう一度美味しいご飯を欲しがって、食べて、私とベッドで寝る事がきっと出来る、信じていた。

仕事もあるので早く寝ようと床に就くけど眠れず、母からもらった数珠と御守りに、海子がまだ赤ちゃんた頃に抜けた乳歯と産毛を、大切に取っておいたものを一緒にして、ずっとお祈りしていた。

22時18分、電話が鳴った。
動物病院からの着信を見た時、わかってしまった。

今思えば、海子の様子が変になった時に、、本当は私は解っていたんだと思う。

勘?
いや、ずっと一緒に生きて来たから、感じる、そういう部分。


急いで病院に行き、海子の亡骸を見て、まだ温かいその身体に涙が止まらなかった。
人生で、こんなにつらく哀しいことは初めてでした。

病院に連れて行きはじめてから5日目。

昨日の朝預けて、その日、術後の19時半までは生きていたのに。
柔らかくて暖かい海子を撫でたたった2時間半後、海子は逝ってしまった。

突然すぎる。


自宅に帰ってから、私のベッドに海子を寝かせ、ずっと撫でて朝を迎えた。
海子ごめんね。
ごめんね。
ごめんね。

最期を看取ってあげれなかった。
自宅で、私の腕の中で最後を迎えさせてあげれなかった。

私は本当にダメなお母さんだったと思った。
謝っても謝っても、こんなにダメな私で済まなかったと思った。


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朝には、そこで最後を迎えたかったであろうお風呂場や、いつも日光浴をしていたベランダ、今みたいに、いつものテーブルに私が座り、パソコン仕事しているときには必ず横で寝そべっている、お気に入りの椅子の上に乗せてあげて、最後の時間をゆっくり大切に過ごしている。




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森田もお別れを…




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森田には魂がなくなってしまい、血の通わない海子は、もう、海子じゃないんだなぁ…

昨夜、私が海子と寝ているときも、見には来るけど、もう海子とは認識していないみたいだった。
…あんなに可愛がって貰ってたのに(笑)




海子の猫生は良いものだったんだろうか…

私は海子を幸せにしてきてあげれたんだろうか…


私は、
私は海子に会えて、一杯思い出があって、いつも海子が大好きで、世界でいちばん可愛くて、大事で…


すごく幸せでした。

海子、ありがとう。

海子、ごめんね…












posted by ユカジラ at 10:30| 日記

2019年11月15日

海子

20191111_134440.jpg20191110_191819.jpg20191113_173112.jpg20191115_195206.jpg海子の体調が思わしくない。


少し様子を見ていたけれど、先日、病院へ連れていった。


高齢になると多いという、消化器系のリンパ腫…癌だった。 


猫や犬、動物の老い方は、ゆっくり少しずつじゃなくて、階段を降りるようにガクンと進む。


海子は17歳。


そう遠くない未来、こういう日が来ることはわかってはいたけど、あまりにも急でとてもつらい。


人間に換算すれば相当高齢なので、椅子の上やベッドに上がれなくなった時期には、海子、足腰弱くなったなぁ、くらいはあったけど、つい1週間前まで、いつもと変わらず、元気でよく食べて…いつ見ても世界で一番可愛い!と思っちゃうくらい、どんなことにも表情をコロコロ変える、感情の豊かな猫、私にとって世界一可愛い家族。


体調が悪くなりはじめてからは、熱があったり痛みがあったのだろう…何かを怖がっているような様子で落ち着きがなくなり、ベットの下や玄関の隅、夜のベランダ…薄暗いところばかりにうずくまり、私が呼んでもこちらを見ようともしなくなった。


いつでも私について回り、帰宅の時は必ずお出迎えに来ていた海子が、全くそれらをしなくなり、虚ろな目で横たわって1日を過ごしていた。


ご飯の量も減り、きれい好きな海子が粗相をしてしまったときには、一種の覚悟を感じた。


海子がまだ目も見えてない頃、哺乳瓶でミルクを飲ませ、フリースの胸元に入れて育てていた頃から、ずっと恐れていた、この可愛い生き物といつかは別れなくてはならない日の事。

その恐怖を忘れたことはなかった。


いやいや、まだ死んだ訳じゃないけど(笑)


今はとても近い現実として目の前にある。


検査結果が出て、今後の治療をどうするか…決めるまでの期間がとても辛かった。


胃液を大量に吐いた時は、深夜でも見てもらえる救急病院を調べたり、いつでも出掛けられるように、寝ずに様子を見てた。


こさじいっぱいくらいの液状の食事を取るのがやっとなので、深夜に何度も食べさせたり…


辛そうに横たわる姿を見てるのが辛かった。


ご飯もほんの少しずつだけど食べているし、お湯を足して作るぬるま湯は、飲みやすいのか飲んでくれる。


頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。


今生きてるのに…

ふわふわして柔らかいのに…

嘘みたいだ。


家に居られるときは、傍にいてあげたい。いや、私が傍に居たい、だな、本当は(笑)


風呂場を横に見る廊下に布団を運んで寝ようとしたら、なんか落ち着かないのか嫌なのか…海子に思いっきり拒否られた(笑)ので、私はがっかりしながら、自分の寝室に布団を戻したり…(笑)




そうそう、体調が悪くなってから、最終的に海子が選んだ寝床は、何故か、浴室の中(笑)


床も冷たいし、私がお風呂に入るとき、いろいろ工夫しなきゃならないので大変なんだけど、海子の好きなことを自由にやらせてあげたいと思っている。


敷物を柔らかく敷き詰めてホカロンを入れて、ヒーターを風呂場に向けて暖めたりしてるけど、せめて暖かい場所を気に入ってくれてたらなぁ、と複雑な気分。

これから寒くなるから。


陽の差し込むソファーに居るのが大好きだった海子。


今は暗くて寒くて狭いところにずっといる。

だいたい、なんで風呂場?(苦笑)


私は風呂場に座り、本を読んだり、スマホで調べものをしたり…そこで寝ようとすらしてる自分に少し可笑しくもなる。


こちらの気持ちなんてお構い無しの、呆れたような、鬱陶しそうな(笑)目で見る海子。


そんなツンデレが可愛い海子。


海子にとって何がベストなのか、何をしたらいちばん良いのか…自分のことへの決断なら、どんなことも迷わず決めれるし、後悔はしない。


そんな性格の私なのに、今は、何を選んだら良いか、解らないし決められなかった。


でも、頑張らないと、と思ってる。


海子にとってのベストが何かを決めてあげることが私のやるべきことなんだから。


進行が急激な病気。

迷ってる時間はあまりない。

いくつかの選択肢のなか、どれも何にも確証はない。


そして、これは治る病気ではない。

どれだけ延命できるか…なのだ。


明日、海子は手術を受ける。


その結果がどうなっても。

私が決断しないと。



海子のこれからが、少しでも怖かったり痛かったり辛くないようにしてあげたい。


そして、残された時間を今までと同じように大切に過ごそうと思う。
posted by ユカジラ at 20:36| 日記